07│2021年02月07日 降誕07 いやすキリスト

週    句

今日、あなたたちが神の声を聞くなら、心をかたくなにしてはならない
ヘブライ人への手紙3:15
説  教  「パウロの願い」

コリントの信徒への手紙Ⅰ 4:6~13

いやすキリスト
列王下5:1~19、Ⅱコリ12:1~10、マタイ15:21~31、詩編103:1~13。

イエスを信じれば、キリスト教を信じれば、たちどころに全てが改善すると勘違いする人がいます。少し礼拝に出席しただけなのに「何も良くならない」と立ち去っていく人をどれだけ見送ったことでしょう。また、ナアマンのように、「彼らが自ら出てきて、私の前に立ち、彼の神、主の名を呼び、患部の上で手を動かし」(列王下5:11)て、何か特別な儀式をしてくれると思っている人もいます。しかし、それらはいずれも正しくありません。

神がどのような人を癒されるのか、人間である私たちには明らかにされていません。ただ、少なくともわかっていることは、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(Ⅱコリ12:9)ということです。自分の力で救いを得ようとしたり、特別な者だけが救われるのだと諦めたりすることなく、自分の弱さと向き合う時にこそ神の恵みが発揮されるのです。
だから、私たちにできることは、テーブルの下でパンくずが落ちてくるのを期待して待つことだけです。「主は憐れみ深く、恵みに富み/忍耐強く、慈しみは大きい」(詩編103:8)のだから、恵みは必ず与えられると信じて待つことだけです。神は、そのようにしっかりと待っている私たちを見過ごされることはありません。

そしてその時、私たちの耳にも「あなたの信仰は立派だ」(マタイ15:28)とのイエスの言葉が聞こえてくるでしょう。私たちの願い通りにかなえられるかはわかりません。むしろ、願い通りにいかない時の方が多いものです。けれども、弱さとしっかり向き合って恵みを待ち続ける私たちをねぎらう言葉が、私たちを生かします。また明日も待ち続ける活力となるのです。
「礼拝と音楽」より