46│2020年11月08日 降誕前節7 神の民の選び(アブラハム)

週    句

平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
マタイによる福音書5:9
説  教  「後ろを振り返るという前進」 高橋周也神学生

ヨハネによる福音書 20:11~18


創世記13:1~18、ガラテヤ3:1~14、マタイ3:7~12、詩編105:1~11。
創世記13章は物語の展開として興味深い箇所だと思います。語り手が「主がソドムとゴモラを滅ぼす前であった」(10節)と後に起こることを提示させながらロトの選択を描いていくなど、後に展開していく物語へ繋がっていく要素を見出します。(水野隆一『アブラハム物語を読む 文芸批評的アプローチ』参照)。
財産が増え(アブラムが妻サライとの関係を偽ったことも発端の一つ!)一緒に住むことが難しくなったことから、甥のロトと別々の所に住むことになったアブラム。ハランを共に旅立ったロトとの別れは、アブラムの後半生の大きな節目の一つであります。その節目を迎えたアブラムに主は大きな祝福の約束を示されます。
「神の選び」というテーマを考える時に、選民意識を煽るようなことは厳に慎まなければならないと思います。自分が「選ばれた」という特権を有していると考える時に、そこには「選ばれない」という存在があり、人が抱く優越感の故にその背後で低くされている人たちがいることを忘れてはなりません。バプテスマのヨハネは「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな」(マタイ3:9)と、偏狭なナショナリズムを鋭く批判し、パウロは「聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、『あなたのゆえに異邦人は皆祝福される』という福音をアブラハムに予告しました」(ガラテヤ3:8)と、すべての人に及ぶ神の祝福を語っています。この戒めと、救いを語る言葉を心に留めたいのです。
人と人の間で互いに優劣を付け合い、他者を見下し蔑ろにするような弱さの中に生きる私たち。しかし、神は多様なすべての生命、その存在の一つ一つを顧みられ、一人一人に対して祝福の約束をお示しくださる方です。神の「選び」とはそれほどまでに広くまた深く、豊かなものであること、その選びの中に生かされていることを感謝し、互いに祝福を祈り合う交わりを形成していきましょう。
「礼拝と音楽」より