週句 彼らが聞き入れようと拒もうと、あなたはわたしの言葉を語らなければならない。
エゼキエル書 2章7節
エゼキエル書 2章7節
説 教 「神が思い直す?」牧師:高橋周也
ヨナ書3:1~10
「私たちに向けられた神の問い」
アミタイの子ヨナの名は、旧約聖書の中では、列王記下14章25節に、ヤロブアムII世(紀元前782/81-753)の治世に預言活動をした者として登場します。
ヨナ書は、ヨナが「ニネベに言って宣教しなさい」という神様の命令を拒んで逃げ出すところから始まります。背景として、ニネベがどんな街なのかを調べてみると、このことは非常に理にかなっているように思われます。なぜなら、ニネベは、北イスラエル王国を滅亡させ(列王記下17章)、イスラエル12部族の内10部族を捕らえ苦しめた(紀元前721年)存在であるアッシリア帝国の首都であったからです。つまりヨナは、自民族であるユダヤ人を滅ぼそうとする者たちに向けて宣教せよという命令を受けたことになります。それに対して反発することは、ある意味では当然のことと思えます。ユダヤ人にとって(その一人であるヨナにとっても)、ニネベが悪の道をきわめ、それによって滅ぼされることになるというのなら、むしろその方がありがたいのです。
ところが、本日の箇所ヨナ書3章では、ヨナの宣教があっけなく実を結び、王から家畜に至るまでの全ニネベが悔い改め、それによって神は、ヨナに告げよと命じていた滅びを「思い直す」という驚きの結論を出します。続く物語でも、ヨナは最後までこのことが納得できずに怒り続けることになります。最後まで理由は明かされることなく、ヨナ書は閉じられることになるのです。物語の結論は、読者に委ねられていることになります。換言すると、問いは私たちに向けられて終わっているのです。
やがてヨナの名は、新約聖書において、「ヨナのしるしの他には何も与えられない」というイエス様のセリフとして登場することになります。ヨナはイエス様にも愛された預言者だったのでしょう。
ヨナ書3:1~10
「私たちに向けられた神の問い」
アミタイの子ヨナの名は、旧約聖書の中では、列王記下14章25節に、ヤロブアムII世(紀元前782/81-753)の治世に預言活動をした者として登場します。
ヨナ書は、ヨナが「ニネベに言って宣教しなさい」という神様の命令を拒んで逃げ出すところから始まります。背景として、ニネベがどんな街なのかを調べてみると、このことは非常に理にかなっているように思われます。なぜなら、ニネベは、北イスラエル王国を滅亡させ(列王記下17章)、イスラエル12部族の内10部族を捕らえ苦しめた(紀元前721年)存在であるアッシリア帝国の首都であったからです。つまりヨナは、自民族であるユダヤ人を滅ぼそうとする者たちに向けて宣教せよという命令を受けたことになります。それに対して反発することは、ある意味では当然のことと思えます。ユダヤ人にとって(その一人であるヨナにとっても)、ニネベが悪の道をきわめ、それによって滅ぼされることになるというのなら、むしろその方がありがたいのです。
ところが、本日の箇所ヨナ書3章では、ヨナの宣教があっけなく実を結び、王から家畜に至るまでの全ニネベが悔い改め、それによって神は、ヨナに告げよと命じていた滅びを「思い直す」という驚きの結論を出します。続く物語でも、ヨナは最後までこのことが納得できずに怒り続けることになります。最後まで理由は明かされることなく、ヨナ書は閉じられることになるのです。物語の結論は、読者に委ねられていることになります。換言すると、問いは私たちに向けられて終わっているのです。
やがてヨナの名は、新約聖書において、「ヨナのしるしの他には何も与えられない」というイエス様のセリフとして登場することになります。ヨナはイエス様にも愛された預言者だったのでしょう。