15│2021年04月04日 復活1 キリストの復活

週    句

わたしは一度死んだが、見よ、世々限りなく生きて死と陰府の鍵を持っている。
黙示録1:18
朗読劇 復  活 ~《ガリラヤ》へ行かん~

キリストの復活
イザヤ12:1~6、黙示1:12~18、ヨハ20:1~18、詩編30:2~6。

イースター(復活祭)おめでとうございます。牧師として皆様と共にこの岡山の地で歩みを始めることができる幸いを心から嬉しく喜び感謝します。どうぞよろしくお願いいたします。
私は18歳の時、人生の絶望の渦中に初めて教会を訪れました。その北海道の小さな伝道所(現苫小牧教会)での礼拝後、ある方が私に「祈っていたよ」と言うのです。初対面なのに?―その週の祈祷会ではこう祈られていました。「この街の一人でも多くの人と礼拝ができますように」と。それを聞いて、私はこれまでも誰かから気にかけてもらえていた存在だったのだと知りました。その祈りが私を新しい生き方へと導いてくれたのです。後日、その方は私の生まれた年に、18歳の息子さんを白血病で亡くされていたと知りました。その息子さんは最期までずっと牧師になると言っていたそうです。彼の死によって信仰を得たそのお母さんと、私にとって、彼は牧師です。死を経てなお生きた彼の祈りがそこにあるからです。
さて今日の劇中でペトロの台詞に、「我々には主と共に過ごした日々がある。今それを思い起こすことによって、せめて、主と共にいられるのだ。」とあります。
私たち一人ひとりの今日の命も、1951年から続いてきたこの岡山バプテスト教会の70年も、誰かの祈りや働きの実であることをいつも思い起こしていたいと思います。主イエスにあって思い起こすことは、過去とつながるだけでなく、今日、そして未来へと開かれていくことなのです。今の苦難の時代こそ、「復活」というあの「思い出したくない十字架」が新しく輝く命として私たちに与えられているという、この上ない神の真実を味わう時なのです。期待をもって共に進んで参りましょう。