週 句
神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが神から受けた掟です。
ヨハネの手紙一 4:21
神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが神から受けた掟です。
ヨハネの手紙一 4:21
説 教 「永遠の住み家」
ダニエル12:1~4、Ⅱコリ5:1~10、ヨハ11:1~16、詩編65:2~5。
パウロの筆による手紙は、彼自身の順調な宣教活動の文脈から書かれたものではないことは今更言うまでもないと思います。「耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました」(1:8)との冒頭に始まり、使徒として経験した苦痛・苦悩について度々言及されていることがかれの置かれていた状況を表しています。しかしパウロは「弱いときにこそ強い」(12:10)と、逆説的な表現を用いて希望を語ります。
5章では「地上の住みかである幕屋」と「天にある永遠の住みか」を対比させて語っています。今生きている地上での生を幕屋にたとえ、「苦しみもだえる」「重荷を負う」という現実を表します。しかしパウロは「落胆しません」(4:1,16)と語り、何故落胆しないのかという理由が5:1以下で明らかにされていきます。新共同訳では訳出されていませんが1節は「なぜなら」という語が初めに記されており、パウロが抱く希望の確信について宣言されていく。それが「天にある永遠の住みか」です。パウロは死すべきものがキリストにあって新しい生命に生きるものとされる、先にある希望を見据え、苦難の中にあっても自分は落胆しないと語り、「心強い」と繰り返すのです。
この原稿を書いている時点(5月)で、10月がどのような時となっているのか、全く想像ができずにいます。先行きが不透明な中でひたすら不安を抱きながら生きることは耐えがたいほどのものですが、そのような中でもなお先にある希望を、確信を持って抱いたパウロの姿を自らの励ましとし、すべての生命のあり様を受けとめ新しい生命へと生かす神の業を信じ、信頼するものでありたいと思います。
いかなる時も一つ一つの存在、生命を希望の道行きへと導いてくださる神の恵みに感謝し、「主に喜ばれる者」としての歩みをなしていきましょう。
「礼拝と音楽」より
ダニエル12:1~4、Ⅱコリ5:1~10、ヨハ11:1~16、詩編65:2~5。
パウロの筆による手紙は、彼自身の順調な宣教活動の文脈から書かれたものではないことは今更言うまでもないと思います。「耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました」(1:8)との冒頭に始まり、使徒として経験した苦痛・苦悩について度々言及されていることがかれの置かれていた状況を表しています。しかしパウロは「弱いときにこそ強い」(12:10)と、逆説的な表現を用いて希望を語ります。
5章では「地上の住みかである幕屋」と「天にある永遠の住みか」を対比させて語っています。今生きている地上での生を幕屋にたとえ、「苦しみもだえる」「重荷を負う」という現実を表します。しかしパウロは「落胆しません」(4:1,16)と語り、何故落胆しないのかという理由が5:1以下で明らかにされていきます。新共同訳では訳出されていませんが1節は「なぜなら」という語が初めに記されており、パウロが抱く希望の確信について宣言されていく。それが「天にある永遠の住みか」です。パウロは死すべきものがキリストにあって新しい生命に生きるものとされる、先にある希望を見据え、苦難の中にあっても自分は落胆しないと語り、「心強い」と繰り返すのです。
この原稿を書いている時点(5月)で、10月がどのような時となっているのか、全く想像ができずにいます。先行きが不透明な中でひたすら不安を抱きながら生きることは耐えがたいほどのものですが、そのような中でもなお先にある希望を、確信を持って抱いたパウロの姿を自らの励ましとし、すべての生命のあり様を受けとめ新しい生命へと生かす神の業を信じ、信頼するものでありたいと思います。
いかなる時も一つ一つの存在、生命を希望の道行きへと導いてくださる神の恵みに感謝し、「主に喜ばれる者」としての歩みをなしていきましょう。
「礼拝と音楽」より