38│2018年09月16日 聖霊降臨18 キリストに贖われた共同体

週    句

キリストは、死を滅ぼし、福音を通して、不滅の命を現してくださいました。
テモテへの手紙 二 1:10
説  教  「あなたの怒ることはよいことであろうか」:鳥井正也

キリストに贖われた共同体
出12:21~27、ヘブ9:23~28、マル14:10~25、詩96:1~9。

キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださる…
ヘブライ人への手紙 9:28

 闇に支配されている人間は、雰囲気(空気)に流され、無罪の者に罪を着せ、死へと追いやる。これらの行動は、隣人だけでなく、自分自身をも、滅びへと到らせるもの。わたしたちは、そのことを知りながら、そうしなければ、生きる場所がないのではないかという不安に駆られ、良心、魂、賜物、いのちでさえも、闇の力に差し出す。神は、このような苦しみに押しつぶされている人々を見、救い、本来あるべき場所に連れ戻すために、イエスを世に送られたのだ。
 滅びへの道を歩むわたしたちを、イエスは、いのちの道へと連れ戻そうとする。イエスは、滅びゆくために、わたしたちのいのちを犠牲にする必要はない、と教える。そして、わたしたちが、今、現在、不当な扱いを受けていること、交わりから疎外されて、孤独にされていること、裏切られて、絶望していること、権力の言いなりになっている状況に目覚め、いのちを失う道ではなく、いのちを得る道に転換するよう、導く。
 贖いには、土地や奴隷を買い戻す、という意味がある。神は、イエスを「代価」として与えることによって、わたしたちのいのちとイエスのいのちを同等のものと見なし、わたしたちもイエスと同じく神の子であると宣言している。そこに、条件は、一切、ない。全てのいのちは、いのちの源である神の御手の内にあるのだから。
 闇に光を与え、いのちを与え、そのいのちを育み育てる救いのことばに、わたしたちの心を向けよう。