週 句
わたしは地上から上げられるとき、全ての人を自分のもとへ引き寄せよう。
ヨハネによる福音書 12:32
わたしは地上から上げられるとき、全ての人を自分のもとへ引き寄せよう。
ヨハネによる福音書 12:32
説 教 〈使命に立て!〉 :梅田 環
キリストの昇天
エレ10:1~10a、エフェ4:1~16、ルカ24:44~53、詩93:1~5。
イエスは……手を上げて祝福され、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。
ルカによる福音書 24:50〜51
十字架の死の後、悲しみと不安の中で、復活の主にお会いした弟子たちは、今や、昇天という偉大な出来事に出会い、その「威厳を衣とし、力を衣とし、身に帯びられる」(詩93:1)様に触れ、イエスさまを真の神として伏し拝んだのでした。イエスさまは、預言者エレミヤが伝えたように、偶像の神とは違う生ける神であり、「真理の神、命の神、永遠を支配する王」(エレ10:10)です。その主の勝利を見せていただき、弟子たちは喜んだのでした。
証人として、使命を与えられた彼らにとって、イエスさまの昇天とは、新しい出発です。共にいた時間を懐かしみ、惜しむのではなく、先へと進んで行かなくてはならないのです。従いきれなかった後悔も、すべて真の神である方に委ねて、〈使命に立て!〉と召されたのです。イエスさまは「全てのものを満たすために……天よりも更に高く上られた」(エフェ4:10)のであり、もはや時間と場所の制約を超えて、高い所からの力(聖霊)をもって覆ってくださいます。その力に支えられて、弟子たちはイエスさまを証しして行くのです。
イエスさまの昇天は、弟子たちが向かうべき先を指し示しました。十字架で死なれたイエスさまが神の栄光を帯びて天に上げられたということは、弟子たちもまた、たとえこの世でボコボコボロボロになろうとも、終わりの時には、天にいるイエスさまが迎えてくださると信じ得る信仰の基盤となったのではないでしょうか。そのように、イエスさまを信じて、悔い改めつつ、天を見上げて生きる彼らの生涯こそ、「証人」の召しを全うするものでした。
キリストの昇天
エレ10:1~10a、エフェ4:1~16、ルカ24:44~53、詩93:1~5。
イエスは……手を上げて祝福され、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。
ルカによる福音書 24:50〜51
十字架の死の後、悲しみと不安の中で、復活の主にお会いした弟子たちは、今や、昇天という偉大な出来事に出会い、その「威厳を衣とし、力を衣とし、身に帯びられる」(詩93:1)様に触れ、イエスさまを真の神として伏し拝んだのでした。イエスさまは、預言者エレミヤが伝えたように、偶像の神とは違う生ける神であり、「真理の神、命の神、永遠を支配する王」(エレ10:10)です。その主の勝利を見せていただき、弟子たちは喜んだのでした。
証人として、使命を与えられた彼らにとって、イエスさまの昇天とは、新しい出発です。共にいた時間を懐かしみ、惜しむのではなく、先へと進んで行かなくてはならないのです。従いきれなかった後悔も、すべて真の神である方に委ねて、〈使命に立て!〉と召されたのです。イエスさまは「全てのものを満たすために……天よりも更に高く上られた」(エフェ4:10)のであり、もはや時間と場所の制約を超えて、高い所からの力(聖霊)をもって覆ってくださいます。その力に支えられて、弟子たちはイエスさまを証しして行くのです。
イエスさまの昇天は、弟子たちが向かうべき先を指し示しました。十字架で死なれたイエスさまが神の栄光を帯びて天に上げられたということは、弟子たちもまた、たとえこの世でボコボコボロボロになろうとも、終わりの時には、天にいるイエスさまが迎えてくださると信じ得る信仰の基盤となったのではないでしょうか。そのように、イエスさまを信じて、悔い改めつつ、天を見上げて生きる彼らの生涯こそ、「証人」の召しを全うするものでした。