34│2017年08月20日 聖霊節12 苦難の共同体

週    句

いかに幸いなことか、主を神とする国、主が嗣業として選ばれた民は。
詩編 33:12
説  教  「この言葉は、あなたがたを造り上げ……」:梅田 環

苦難の共同体
エレ20:7~13、使20:17~35、マタ10:16~25、詩57:2~12。

そして今、神と恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。
使徒言行録 20:32

 エフェソの長老へのパウロの遺言は、使徒言行録に収められることで、すべての教会への伝言となりました。第3次伝道旅行を総括するように話したのは、試練に遭いながらも、主に仕えて来たことでした。苦難が待ち受けていることを知りつつも、福音を力強く証しする任務を喜びとする姿勢をもって、長老たちに勧めを述べたのでした。
 その中心は、あなたがた自身と教会全体とに気を配ることで、群れの監督者として上に立って見守るように、との勧めです。「気を配る」という語には、用心するという意味もあり、後に、「残忍な狼」が入り込むことを心配して語ったのです。
 イエスさまは、弟子の派遣に際して、「狼の群れに羊を送り込むようなもの」(マタ10:16)と言われましたが、弟子たちを案じる主の心情に通じるものがパウロの心中にもあったのではないでしょうか。
 エフェソの教会は、パウロを送り出すことによって、自分たちの足で立ち始めるのです。パウロが、伝道する中で自分の弱さに気付き、自分の罪と人間たるものの罪、国家の罪、に出会って、神の赦しと導きとを祈ったように、今度は、わたしたちが、自分の罪の中にイエスさまがいてくださることを知る歩みを始めるのです。そういう信仰者を育てることで、教会が建てられていきます。神がご自分のものとされた教会ゆえに、「受けるよりは与える方が幸いである」(使20:35)との主の言葉を思って、奉仕する、そのような群れとなるよう、道を示したのでした。